玉龍山観真寺BLOG

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善光寺へ団参

去る19日・20日に信州長野にある善光寺へ観真寺で団参に行ってきました。
今回は西国三十三観音霊場満願のお礼参りです。

先ずは19日午前6:00観真寺集合。6:15本尊様へ今回の無事安全と全員の健康をお祈りしていざ6:30出発です!!
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今回の旅は総勢19名、なのでハイエース2台での旅行です。

一路、東名高速道路豊川インターで高速に乗り、豊田JCTで東海環状自動車道に入ります。
道路も渋滞もなく予定通り土岐JCTから中央自動車道へ北へと走って参ります。
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皆さんさっき朝ご飯食べたばっかりなのによく食べますわ…

さぁ気を取り直していざ善光寺! まぁ色々と皆さんゆっくりしましたから30分遅れて善光寺の徳行坊さんに到着!!
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徳行坊さんは善光寺創建当初より千三百有余年にわたり善光寺の宿坊寺院を勤める歴史ある宿坊です。
昼食!!!
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一品一品心のこもった精進料理^^途中でかなり間食してたのに、おいしさのあまり完食です(^人^)

さぁお腹もイッパイ!!いざ善光寺!!
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今回は徳行坊の小林さんが色々と案内してくれました。
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本当に丁寧で解りやすい説明を聞きながら、我々も「へぇ~」とおどろいてばかり^^
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善光寺は本当に立派な寺院でした。
確かに歴史的にも、建築的にも立派ではあるが、なによりその昔は全国から歩いて参り、父母の為・先祖の為・兄弟の為・はたまた自分の子供の為に命を掛けて参る霊場であった。 今の現代社会に(自分も…)そんな人がいるだろうか? 確かに現代でも本四国霊場など歩いて行脚されるかたもいます。しかし、今忙しい現代社会ではなかなか出来なくなってきました。病気になれば医者にかかり医学に100%頼っています。その昔では医者にかかる費用さえ無かったのです。だから信仰というものにすがったのかもしれません。そして皆が奇跡を求めたのでしょう。
この善光寺はそんな人々の願いと思いがこもり、そして奇跡を起こしてきた場所なのです。
そんな空気を体一杯に浴びてただただ合掌です(・人・)

そして一行は善光寺さんに別れを告げ今夜のお宿へGoo=3
徳行坊のご住職様始め小林さんには、大変良くして頂き団参者一同感謝しております。
本当に有難う御座いました。

今夜のお宿↓
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この度は、無事満願と言う事もあり炭鉱節まで出ちゃいました!!
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今夜はかなり盛り上がりました^^

次の日は9:00旅館出発!!
先ずは北向観音です。
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北向観音は名前の通り、お堂が北向に建っています。
本尊は千手千眼観音菩薩様で北斗星が暗夜の指針になる様に、この北向観音も衆生を現世利益に導くと伝えられていて、南を向いている善光寺と向かい合う様に建てられています。
来世の極楽浄土を表わす善光寺と、現世の利益を求める北向観音。この両方を参る事で現世と来世の安楽を求めた為、どちらか片方を参る事を「片参り」と言われていたそうです。
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そして今日の昼食は峠の釜飯!「おぎのや」
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じゃじゃじゃ~ん♪♪
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これもまた美味!!!でした。

そして最後の目的地諏訪大社到着!
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この諏訪大社も私は今回初めて来ました。
諏訪大社の御祭神は建御名方命(たけみなかたのみこと)と八坂刀売命(やさかとめのみこと)です。
我国最古の神社の一つであり、信濃國の国造りをなされたのち、日本国土の守護神としてこの地にお鎮りになり、信濃國一之宮として皇室武門および一般の信仰が厚く、全国一万有余の諏訪神社の総本社だそうです。
建御名方神は父神大己貴命(おおなむちのみこと)、母神高志沼河比売命(こしぬなかわひめのみこと)の第2子で、『古事記』によれば、高天原(たかまがはら)使者の国譲りの要請に1人抵抗して科野国洲羽海(しなののくにすわのうみ)に逃れて、封ぜられたとある。神社の創建は明らかではないが、『延喜式(えんぎしき)』神名帳に「南方刀美(みなかたとみ)神社二座」とあって名神(みょうじん)大社とされる古社で、また信濃(しなの)国一宮(いちのみや)とされ、狩猟神、農業神、武神として朝野の信仰崇敬を集めてきた。とあり大己貴命(後の大物主之命)とこんなところでご縁があるとは思いませんでした。

今回の善光寺団参の行程はここまで!
振り返って見れば西国をハイエース2台で走ってみて、観光バスでは入れなかった所もあり、一カ寺にかなり時間を使いすぎ後の行程で頭を悩ましたりもしたが、みんな仲良く健康で、そして何より笑顔の絶えない旅でした。

また、今度は奈良の金峯山寺に行くって盛り上がってたなぁ…^^:
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